Substackをはじめて1ヶ月、変わったのは数字じゃなかった。
こんにちは。なるみです。
気づけば、Substackをはじめて1ヶ月が経とうとしています。
しものんさんの、
こちらの企画に参加したくて、
「Substack番付どうだった」とか、
「登録者が何人になりました」とか、
そんなことを書こうと思っていました。
でも振り返ってみたら、
1ヶ月で変わったのは、数字じゃなかった。
今日は、そんな気づきを残させてください。
2年半前のわたしは、出かけることができなくなりました。
ずっと眠たくて、なんか気持ち悪い日々。
家族で、お寿司屋さんに行っても途中で寝てしまったり、
何年も通っているスーパーに買い物に行っても、
「何を買いに来たんだっけ?」
「売り場が分からなくて動けない」
結局、何も買えずに帰ることもありました。
そんなことを繰り返すうちに、
少しずつ、外に出ることが怖くなりました。
人目を気にしていた記憶もあるけど、
自分を受け入れられなかった恐怖の方が大きかった。
今なら、この気持ちも要因の1つだったのかなと思います。
こんな気持ちのまま、
半年…
1年…
出かけた次の日は起き上がれない。
出かけるたびに風邪をひく。
みんなが普通にできることを、わたしはなんでできないの?
そんなことばかり考えていました。
そんなわたしが昨日、ひとりで新幹線に乗って兵庫県に向かいました。
いつか逢いたいと思っていた人たちに逢いに。
2年半前のわたしなら、想像もできなかったこと。
そして翌日の今日、朝8時半から子ども会の公園清掃にも参加できました。
あれ?わたし動けてる?
その時々は、多分必死すぎて気づけていない。
でもこうして振り返ってみると、
出かけるたびに風邪をひいていたのに、最近ひいてない。
出かけた翌日は寝込んでいたのに、お昼寝くらいで済んでる。
こんな変化を感じたんです。
Substackも、同じだと思いました。
私は、本を読むことが得意ではありません。
読み進まない。本を買ったことすら忘れる。
こんなわたしが、記事を書くなんて矛盾してる
ずっと、そう思っていたんです。
わたしが動いた、
「書きたい!」と思ったきっかけは、
キャリア孔明 さんの企画。
さらけ出してみた。
有益なことなんて1つもない。
それでも、書いてよかったと思えた。
気づけば記事を書くことが、
「楽しい」と思えるようになってきていました。
まさか褒めてもらえる日が来るなんて、思ってもみなくて。
毎日投稿だったり、Substack番付に毎日ランクインしてしまうのは、わたしにはプレッシャーだったけど。
番付よりも、書くことの楽しさや、読んでくださるユーザーさんが1人でも存在していることが嬉しかった。
わたしの交流は、
狭く深めに
だと思っていて。
ここで逢えるユーザーさんたちと、他愛のない会話をすることがとても心地いい。
そして、わたし自身の価値を上げてくれる言葉を、たくさん授けてくださる。
「もっと自信を持っていいんだよ」
「もっと受け取っていいんだよ」
そんな言葉をたくさんもらうようになりました。
頑なに握りしめていた
「いやいや社交辞令でしょ」
が、少しずつ溶けていく感覚があります。
何が言いたいかというと、
Substackをはじめてからの1ヶ月で、
わたしの中の何かが動きはじめた。
ずっと、
なんでできないの?なんで普通に過ごせないの?
こんな自分が好きじゃなかった。
でも気づいたら、できてた。動いてた。
こうして、自分で気づけたことが、一歩なんじゃないかと思いはじめていて。
もちろん、このあと調子に乗ってフルアクセルで走り続けたら、きっとまた
「起きられない」
が、やってくると思う。
これも、なんとなく分かるようになってきた。
だから「休もう」と思える自分も嬉しくて。
無理に無理を重ねることは、凄いことじゃない。かっこいいことじゃない。
社畜アパレルワーママ時代には、気づけなかったわたしが、
振り返って気づくことの大切さを知った。
Substackをはじめて1ヶ月。
変わったのは数字じゃなかった。
なんとかなるなる、なってるじゃん。
そんな、1ヶ月でした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
そしてこれからも、なかよくしていただけると嬉しいです。
なんとかなるなる。



なるみさんは、PTAの記事を書き終わるまで、Substackをやめれまテン😂
続きを楽しみにしています😊
なるみんはほんとにすごいです🥹
昨日も会えてすんごく嬉しかった💕
奇跡的な場面に立ち会えたこと
一生忘れないよ🧡